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読書記録

かりんとう侍


かりんとう侍』 中島要


「生きるってなぁ、いいも悪いも関係ねぇ。起こったことを受け入れて、前に進むこってしょう。どれほど御託を並べたところで、起きちまったことをなしにはできねぇ」

 

旗本の次男坊、日下雄征は気ままな部屋住みの身。義姉に子がないので、婿入りに焦るでもなく、これと言った取り柄もなく、女好きする顔立ちで売れっ子芸者に惚れられても、先立つ物が無いので遊び人というわけでもない。しかも下戸。大好物は幼い時から亡き母が事あるごとに与えてくれた「ささや」のかりんとう…。今で言ったら顔と性格は良いが駄菓子に目がないふらふらしたニートの青年と言ったところか?


黒船来航で大騒ぎの世の中で、部屋住みの己の行く末に一抹の不安を感じていた雄征は、そんな時にたまたま酔った戯作者・鈍亭魯文に出会い、武家のだらしなさを皮肉られる。次第に気心知れた仲になる二人。暇な雄征は魯文と一緒に、婿入りした幼馴染みの差腹事件や、爆発した水車小屋をめぐる幽霊話の真相を瓦版のネタとして探る。雄征は、そこで見えてくる世間のしがらみ、人の心の嫉妬の闇、腰の座った女達の強さを知って行く…。


そして安政の大地震で焼け崩れた江戸の町の惨状を目の当たりにし、己の無力と進むべき道を模索する。他人の不幸を食い物にする売文業に二の足を踏む雄征に、魯文が投げかけたのが冒頭の台詞。


魯文と袂を分かち、地震の後に起きた事実を熱心に調査し、後の世に伝えよ役立てようとした働きが『安政見聞誌』として世に出、この後は商いをしようと決心した雄征。「先の見えない世の中で、いずれ名を成す方だと思っていたのに、女子供を相手に暮らして行くおつもりか」と驚き残念がる知り合いの隠居した御家人に「男はすべて女より生まれた子供のなれの果てでしょう。ならば何より女子供を大事にすべきではありませんか」と返す雄征に心の中でその通り!と拍手する私。そして、日頃頼りなくても、いざという時何をするか、ここぞという時踏ん張れるか、それが男、本当のサムライ魂、お武家の体面がどうとかじゃないんだよね…と深く頷く。


自分の中でふらふらと迷いながらも心の底に見栄や利己心を超えたいと願う青年の成長と彼を取り巻く人々の優しさが胸を熱くする幕末青春物語。所々で思わず膝を打つ台詞、町人や女房達のたくましさ、鉄火肌の芸者…中島さんの作品、やっぱり好き。笑って泣けて最後もスッキリ。

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