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読書記録

線は、僕を描く

『線は、僕を描く』砥上裕將 講談社


交通事故で突然両親を失ってから、心の中の真っ白なガラスの部屋に一人引きこもり、深い孤独の中にいる青山霜介。そこから出られないまま大学生になった彼は、展示会場設営のアルバイト先で、水墨画の巨匠、篠田湖山と出会う。青山霜介に何かを見て取った湖山は、彼をその場で内弟子にする。


とにかく描写力が素晴らしく、馴染みのない水墨画の世界の奥深さ、素晴らしさにみるみる惹きこまれて行く。読んでいると、画仙紙に墨を含ませた筆が走り、生き生きとした薔薇や牡丹、春蘭の葉が見えてくるのだ。墨が硯ですられる時の粒子の細かさ、絵筆が筆洗に浸される様子、絵師たちの腕や手の動きまでもが見える気がしてくる。


「四時無形のときの流れにしたがって、ただありのままに生きようとする命に、頭を深く垂れて教えを請いなさい。私は花を描けとは言っていない。花に教えを請え、と君に言った」


度々交わされる禅問答の様な湖山先生と青山君のやりとり。一筆の線に描く人の心が現れる水墨の世界。青山君は、初めて出会った水墨画の世界に没頭し、少しづつ深い悲しみの淵から外の世界の美しさに目を向けて、生きる意欲や人と自然との繋がりを恢復させて行く。


青山君と水墨画の出会いも素晴らしいが、彼の大学の同級生で、自称親友の古前君がとても良い。何にも興味を示さず、ろくに食事も取らない青山君をそのまま受け入れ、あれこれと頼みごとをする古前君。森見登美彦氏の作品から抜け出てきたのかと笑ってしまう、斜め方向に力強く真っ直ぐで、わかりやすい彼の存在は、青山君の閉じられた世界と止まった時間が動き出すきっかけを作る。そして古前君が想いを寄せているらしいゼミの女子、川岸さん。湖山先生の孫娘で絶世の美女、同い年の若手絵師でもある千瑛。彼ら若者たちの青春小説としても本当に楽しく、清々しい物語だった。最高の芸術と青春エンターテイメントを隅々まで堪能した。

 

 


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