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読書記録

平場の月

平場の月

『平場の月』 朝倉かすみ


本当に切なかった。中年の男女の恋と言うよりも「慈しみ」の様な愛の話だと思った。


青砥健将50歳。転職、引っ越し、親の介護、離婚。息子たちは離婚を機に独立して疎遠。人生の山も谷も過ぎて都内から地元埼玉に戻った青砥の日常は、右も左も自分自身も「平場」を淡々と過ごす侘しさを感じさせる日々。


そんな青砥が身体の不調を感じて検査を受けに行った病院で中学時代の同級生須藤に再会する。35年ぶりに会う須藤はかつて告白して振られた相手だ。頭の良さを感じさせる低めの声と話し方、小柄で痩せているのに芯が「太い」と感じさせる須藤。


男だが母性的ですらある青砥と、他人に頼ったり甘えたりすることを嫌う男っぽい須藤。苦い後悔を伴う過去がそれぞれにある中年過ぎの男女。独身、一人暮らし、寂寥感を感じさせる平場の二人が親友でも恋人でもない微妙な距離感で日々の「ちょうどいい幸せ」感をしぼませないために時々会って呑むようになる。


物語の最初に青砥が須藤の訃報を知らされる所から話は始まるので、須藤が死ぬことは最初からわかっている。だからこそ、そこからの青砥の回想が、たまらなく切ない。そう遠くない先に死が待ち構えているのに、そこに向かって深まる青砥の思いは「須藤と一緒に人生を生きていきたい」なのだから。


打算が一切無い今の須藤の性格も、他人も身内も頼りたくない頑なな性格も、そこに至る過去を知ると共感できる気がした。50歳になっても相手の好意を素直に受け取れなくて突っ張っている須藤の、ときおり見せるほころびが逆にたまらなく可愛らしい。どんな泥舟でも自分で漕ぎたいじゃない、と言う須藤の気持ちが痛いほどわかる気がする。


読んでいる間は泣かなかったのに、翌日になって青砥と須藤のことを考えていて、須藤の死に際の言葉が思い出されたとき、堪らなくなって涙がこぼれた。華やかな色彩のない平場でふと見上げる夜空の月の光の様な、柔らかく愛がこぼれて来る純愛小説だと思った。