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読書記録

ピエタ


ピエタ』 大島 真寿美

 

美しい物語だった。18世紀の爛熟したヴェネツィアの情景そのものがこの小説の主役ではないかと思えてくるほど、舞台となるヴェネツィアの街や人々の描写が素晴らしかった。


ピエタ慈善院」は、捨て子を育てる役割の他に音楽院としての役割も持っており、孤児達の中で特に音楽に秀でた才能を持つ者を育て、合奏、合唱の公演が院の収入源にもなっていた。孤児達だけではなく、当時の貴族の娘の中にも音楽教育を受けるためにこの「ピエタ」に通う者もいた。ピエタに深く関わり、子供たちを教えたのが、かの有名な音楽家アントニオ・ヴィヴァルディ


物語は、ウィーンに旅立ったヴィヴァルディの訃報がピエタに届くところから始まる。

ピエタで孤児として育ち、ヴィヴァルディの教えを受けたが、今では実務的才能を見込まれてピエタで働いているエミーリアの元に貴族の娘ヴェロニカが訪ねて来る。彼女は少女時代にヴィヴァルディが自分のために書いてくれた楽譜の裏に、自分は詩を書いたと言う。その楽譜を探してくれればピエタに多額の寄付をすると持ちかけて来るのだ。


ここからエミーリアの楽譜探しが始まり、その過程で天才音楽家であり、司祭でもあり、ヴェネツィアよりも異国で評価が高かったヴィヴァルディの知られざる姿が浮かび上がってくる。同時にヴィヴァルディと関わりの深かった女達の人生も。


貴族達が政治を担う責任より、己の利権に夢中になり、誇るべき文化を守ることを忘れて腐臭を放ち初めていたヴェネツィア。そこで交錯する女達の人生。ヴィヴァルディに見出されて成功したもの、残されて貧窮する家族、とりわけ魅力的なのはヴィヴァルディと親交が深かったコルティジャーナ(高級娼婦)のクラウディアだ。


このクラウディアとエミーリアの邂逅、後にヴェロニカを交えての3人の出会いのシーンは、大物のコルティジャーナとピエタの孤児と大金持ちの貴族の娘が立場を超えて魂の交流をする夢のようなひと時で、忘れがたい幸せな印象を残す。


交わることの無い階級差を普段とは違う顔を見せるヴェネツィアのカーニバルの夜が取り払い、女達の人生が、天才ヴィヴァルディの追憶で繋がって行く。楽譜は結局見つかったのか?その意味するものは?ラストも本当に美しい。


凡人も天才も生きている時はその時代の枠の中でしか生きられない。しかし、その短い人生の中の恩寵とも言えるひと時の輝きを見せてくれる小説だった。

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